公訴時効存廃の行方
犯人に命を奪われた遺族がメディアに映し出される度に、制度の存廃について問われてきた“公訴時効”。近年、著しく注目度は高まりを見せ、世論に加えて国の動向も激しさを増しており、今まさに時効の在り方が見つめ直されている。ただ、存続・廃止どちらにせよ、多大なメリット・デメリットを秘めていることから、慎重な議論が求められる。日本国民にとって公訴時効制度とは如何にあるべきか──様々な見解、立場、海外の例などを踏まえて検証してみた。
時事コラム■外国人参政権は日本に何をもたらすのか!?
■AED 一人ひとりの行動がひとつの命を救う
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■お寺と日本人のしきたり
■スキミング犯罪
■日本の政治を考える二院制の仕組み
■タバコの良し悪しを考える ──健康と産業から見たタバコの是非──
■待機児童ゼロを目指して ──望まれる、安心できる子育て支援──
■人の心を動かす人、人に心を動かされる人
レギュラーコンテンツ●現代が辿った道 第18回 「カチンの森事件」
●現代に生きる心と技 先人の足跡 第63回 「イングヴァル・カンプラード」
●ひとみ先生の“登記”クリニック 第152回 「競業避止」
●クロマツテツロウのMANGAmanコラム とんずらmyway 第16回 「愛ゆえに苦しまねばならないコラム」
●映画 『クレイジー・ハート』
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株式会社 森忠建設造園
代表取締役 森本 忠彦(一級土木施工管理技術者)
学業修了後、造園業を営む父の元で修業を始める。3年後、建設会社に就職。造園部で多様な仕事を手掛け、その技術を確かで幅広いものとする。その後『森忠建設造園』を設立。磨き上げられた技術と豊富な経験、そしてきめ細かいサービスで、顧客の満足を追求している。
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和庭園や洋風ガーデニング、外構工事、公園工事などを手掛ける『森忠建設造園』。伝統的な技術を基本にしながらも、現代的な要素を巧みに取り入れた造園で、オリジナリティあふれる暮らしを提供している。近年では、3DCADシステム(立体画像のカラー設計図)も導入。完成イメージが分かりやすいと顧客から好評を得ている。
村野 まずは社長の歩みから。
森本 もともと父が造園業を営んでいたんです。私は学業修了後すぐに父の元で働き始め、約3年間修業させてもらいました。その後、奈良の建設会社の造園部に就職。そちらは大きな会社で、様々な仕事を手掛け、経験を積んだことが、今につながっていると思います。その後、地元に戻り『森忠建設造園』を設立しました。
村野 こちらではどのようなお仕事を手掛けておられるのですか。
森本 日本の伝統的な和庭園や洋風のガーデニング、また和洋の良さをバランスよく取り入れた和洋庭園などを手掛けています。他に門扉や塀、敷石などの外構工事、公園工事や土木工事なども行っています。最近ではカーポートを手掛けることも多いですね。
村野 とても幅広く手掛けておられるのですね。お仕事の上で、一番大切にされていることは何ですか。
森本 やはり信用ですね。お客様の持たれている希望を把握するために綿密な打ち合わせを重ね、ご予算に合わせた理想的な庭づくりに努めています。最近では3DCADシステムを取り入れ、完成イメージをより分かりやすく提示することができるようになりました。お陰様で現在は、個人のお客様のほとんどが紹介や口コミで訪ねてくださいます。
村野 堅実なお仕事が信用を生んでいるのでしょう。現在は御子息もご一緒に働かれているそうですね。
森本 はい。息子2人と共に働いています。どちらも頑張ってくれていますね。私が何も言わなくても自分で考えて行動してくれるので、とても助けられています。
村野 将来の『森忠建設造園』さんの事業展開がとても楽しみですね。社長から御子息に託したい思いはありますか。
森本 最近は時代の流れもあり、伝統的な和庭園を手掛けることが減ってきていますが、いずれその良さが見直される時がくると思うんです。和庭園づくりは私が父から受け継いだ造園の基本です。ニーズに応えるために、現代風の要素を取り入れることはもちろん重要ですが、日本の伝統文化の素晴らしい技術も、大切に残していってもらいたい。幸い京都には素晴らしい庭園が多くあります。そんな場所にも足を運び、感性を磨いて欲しいですね。
村野 和庭園はやはり、我々の心を癒す力を持っていますからね。ぜひ残していっていただきたいと思います。
対談を終えて
「その明るく元気なお話から、お仕事に対する熱意や愛情が伝わってきました。御子息たちもきっと、そんな社長の姿勢を受け継いでいかれることでしょうね。これからも頑張ってください(村野 武範さん・談)」
有限会社 藤本建設
代表取締役 藤本 司
藤本社長の足跡:愛知県出身。学業修了後、舗装工事や土木工事を手掛ける企業に就職し、経験を積む。その後「藤本建設」に入社し、専務取締役として父親のもとでさらなる経験を積んだ。平成17年、父親の跡を継ぎ、代表取締役に就任。
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●お客様の喜ぶ顔が見たいから──
(有)藤本建設先代代表取締役 藤本 國勝
「同業他社は多いが、皆は大きな仕事がほしいと狙っていく。でも俺のやり方は違う。人がやりたがらない仕事をやっていくんだ」──生前、2代目社長・司氏にこう語ったという先代社長・國勝氏。先代は小規模の舗装工事でも丁寧に美しく仕上げることが大切だと、常に1つひとつの仕事に全力を傾けてきた。「それが先々の自分の糧となる。皆と反対の方向でも、迷わずに進め」──先代社長は確固たる信念を貫いた職人の中の職人だった。
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舗装工事、土木一般を手掛ける「藤本建設」。昭和57年の設立以来、地域との信頼関係を着実に築き、成長してきた精鋭企業だ。2代目社長・藤本司氏は、先代社長の遺した基盤を守るだけでなく、公共工事という新たな分野を開拓。同社を支える従業員たちに全幅の信頼を寄せ、共に奮闘している。
三ツ木 早速ですが、まずは「藤本建設」さんの沿革からお伺いします。
藤本(司) 「藤本建設」は、昭和57年に、今は亡き父・國勝によって設立されました。当社は舗装工事、土木一般を取り扱っておりまして、道路の舗装工事や土木工事、とび工事などを手掛けています。
三ツ木 藤本取締役からご覧になって先代社長はどのような方でしたか。
藤本(順) 典型的な職人でしたね。夜遅くまで仕事で汗を流し、家に帰って好きなお酒を楽しみ、そしてまた朝になると仕事に向かう生活でした。朝早くトラックに乗って家を出る主人のために、朝ご飯のおにぎりを握ったものです。本当に一生懸命働く昔気質の職人でした。実は、主人と私は駆け落ちをしまして、2人で主人の兄弟を頼ってここ名古屋にやってきたのです。
三ツ木 ゼロからのスタートだったのですね。ご苦労されたでしょう。
藤本(順) そうですね。今思えば、生きるために必死だったように思います。主人としては、結婚式も挙げずじまいだった私のことをなんとか幸せにしてやりたいと思ってくれていたようです。仕事に対してはかなり厳しい人でしたが、私には優しい人でしたよ。何ごとにも真面目に取り組む、素晴らしい人だったと思います。
三ツ木 藤本社長からご覧になって、先代社長はどんな方でしたか。
藤本(司) 父が「藤本建設」の創業者として私に教えてくれたのは、「本業にしっかりと取り組めない人間が、副業などできるわけがない。自分自身の仕事を真面目に、そして地道にやり続けなさい」ということ。父は見事にその言葉を体現していました。こつこつと頑張れば道が拓けることを教えてくれた父には心から感謝しています。両親は、バブル経済に浮き足立つこともなく、堅実さを持って様々な苦境を乗り越えてきたんです。その苦労を知っていたからこそ、私は両親の頑張りを無にすることはできないと考えました。ですから、父にはひとことも後継について言われたことがなかったのですが、私の中で自然にそういう気持ちが芽生えていたんです。
三ツ木 なるほど。ではどちらかで修業を積まれて、「藤本建設」さんに?
藤本(司) はい。父は、「現場の作業員と同じ生活をしてみなければ、彼らの気持ちは分からない」と言っていました。父自身もたたき上げの人間ですので、息子といえども、むしろ息子だからこそ甘やかしてはいけないと思ったのだと思います。また、当社の職人たちへ筋を通す意味もあったのでしょう。私自身、外の世界で経験を積むことで、多くのことを学ばせて頂きました。
三ツ木 お父様の跡を引き継がれるのは相当なプレッシャーだったでしょう。
藤本(司) そうですね。会社の将来が私にかかっていると思うと責任の重さを実感しました。でも、そんな代替わりの大変な時期を支えてくれたのは従業員の皆でした。若く未熟な私がいきなり会社を仕切ることになり、先代の時代から頑張ってくれている従業員たちは本当に不安だったことでしょう。それでも皆は寛容な心で見守り、サポートしてくれたんです。そのお陰でこれまで経営者として頑張ってこられたのだと心から感謝しています。今も、私よりずっと年上のベテラン従業員が現役で支えてくれているので、組織がうまく動くのだと思います。従業員たちには本当に感謝の気持ちでいっぱいですね。良い人材に恵まれていると改めて実感しています。
三ツ木 立派に経営者として辣腕を振るっていらっしゃる様子が窺えます。お話も尽きませんが、最後に将来の展望を。まずは藤本取締役から。
藤本(順) 社長も経験を積み、ノウハウを重ね、今や安心して任せられる経営者に成長してくれました。あとは、亡き主人のように、懐の大きな「親方」的な存在になってくれればと思います。
三ツ木 では藤本社長お願いします。
藤本(司) 父のように良い仕事を手掛けていきたいですね。利益はもちろん大切ですが、それだけでは駄目なんです。お客様に喜んで頂ける仕事を心がけていれば、利益は自然と後から付いてくるもの。まだまだ未熟者ですが、従業員の皆と共に力を合わせて頑張る所存です。
先代から受け継がれるお客様への想い
▼「藤本建設」の従業員たちが共通して持つ想い──「お客様に喜んで頂ける仕事をしよう」。これは藤本社長の父親で「藤本建設」先代社長・藤本國勝氏の強い志でもある。「父はどんな小さな仕事でも喜んで引き受けていた人でした。儲けよりも人の役に立てることをやりがいとして仕事に取り組んでいたのです」と語る現社長・藤本司氏。東海3県なら依頼があればどこまでも出かけていったという先代の仕事に対する姿勢を受け継ぎ、1つひとつの仕事を大切に、そして丁寧に手掛けている。
▼昭和57年の設立以来、「藤本建設」は先代社長の誠実さと仕事に対する真摯な姿勢によって地域との信頼関係を築いてきた。その土台を引き継いだ藤本社長もまた、新たな事業を開拓するなど見事な経営手腕を発揮している。これからも顧客第一主義、そして現場主義を貫き、従業員と共に歩むことだろう。
対談を終えて
「大変良いお話を伺うことができました。ご夫婦の絆、親子の絆、そして従業員の方々との絆を感じました。先代社長は大きな無形の財産を遺された偉大な方だったのですね。藤本社長には、2代目としてのご自身のカラーも大切にしながら、頑張って頂きたいと思います(三ツ木清隆氏・談)」